地域でのバイオエネルギー導入:知っておきたい経済性・採算性の基礎知識
地域でのバイオエネルギー導入における経済性・採算性の重要性
地球温暖化対策や地域活性化の観点から、再生可能エネルギー、特にバイオエネルギーの地域への導入が注目されています。バイオエネルギーは、地域の未利用資源をエネルギーに変えることで、化石燃料への依存を減らし、資源の有効活用や地域内での経済循環を生み出す可能性を秘めています。
しかし、これらの目標を達成し、事業を持続可能なものとするためには、技術的な実現性だけでなく、経済性・採算性の検討が不可欠です。事業が経済的に成り立たなければ、継続的な運営は難しくなり、せっかく導入した施設が遊休化するリスクも生じます。
この記事では、地域でのバイオエネルギー導入を検討される自治体職員の皆様が、経済性・採算性を評価するための基本的な考え方や、考慮すべき主要な要素について入門レベルで理解できるよう解説します。
バイオエネルギー事業におけるコストの考え方
バイオエネルギー事業にかかるコストは、大きく分けて「初期投資」と「運転維持費」があります。
初期投資
事業を開始する際に一度だけ、あるいは事業期間の比較的早期に集中的に発生する費用です。
- 施設・設備費: エネルギー変換設備(発電機、ボイラー、嫌気性発酵槽など)、燃料製造設備(チップ製造機、ペレット製造機など)、前処理設備、貯蔵施設、建築物などの建設・購入費用です。技術の種類や規模によって大きく変動します。
- 付帯設備費: 燃料供給設備、熱供給配管、送電線接続設備など、主設備に付随する設備の費用です。
- 工事費: 施設の建設工事、土木工事などにかかる費用です。
- 調査設計費: 事業化可能性調査(F/S)、環境アセスメント、基本設計、詳細設計にかかる費用です。
- 許認可関連費: 事業実施に必要な各種許認可(建築確認、農地転用、廃棄物処理業許可など)の取得にかかる費用です。
- その他: 土地取得費または賃借料、系統接続費用などが含まれる場合があります。
これらの初期投資は、事業規模が大きいほど高額になる傾向がありますが、規模の経済が働く場合もあります。また、導入する技術の種類によっても必要な設備が大きく異なるため、初期投資額は技術選定の重要な要素となります。
運転維持費(ランニングコスト)
事業の運転期間中に継続的に発生する費用です。
- 燃料費/原料費: エネルギー源となるバイオマス(木材チップ、食品廃棄物、家畜排泄物など)の収集、運搬、購入にかかる費用です。地域内の未利用資源を活用する場合でも、収集・運搬にはコストがかかります。
- 人件費: 施設の運転、維持管理、燃料(原料)収集に関わる人件費です。
- 修繕費: 施設の経年劣化や故障に対する定期・不定期の修繕にかかる費用です。
- 消耗品費: 運転に必要な薬剤、潤滑油などの消耗品の費用です。
- 管理費: 事務費、保険料、広報費など事業運営にかかる費用です。
- 税金: 固定資産税などの税金です。
- その他: 施設の運転に伴って発生する副生成物(消化液、燃え殻など)の処理費用などが含まれる場合があります。
運転維持費の中でも、特に燃料(原料)費と人件費が大きな割合を占めることが多いです。地域で安定的に安価なバイオマス資源を確保できるかどうかが、運転維持費、ひいては事業全体の採算性に大きく影響します。
バイオエネルギー事業における収益の考え方
バイオエネルギー事業の主な収益源は、生産されたエネルギーや副産物の販売、あるいは資源の受け入れによるものです。
- 売電収入: 発電設備で生産した電力を電力会社に売却することで得られる収入です。再生可能エネルギー固定価格買取制度(FIT制度)やFIP制度の対象となる場合、長期安定的な売電収入が期待できます。
- 熱販売収入: 発電時に発生する排熱や、ボイラーで生産した熱を、地域の公共施設、工場、農業施設などに供給することで得られる収入です。熱は輸送距離に制約があるため、熱需要が近くにあることが収益化の鍵となります。
- 燃料販売収入: 生産した固形燃料(ペレット、チップなど)や液体燃料(BDFなど)を販売することで得られる収入です。
- 副産物販売収入: バイオガスプラントから発生する消化液を肥料として販売したり、その他有用な副産物を販売したりすることで得られる収入です。
- 処理委託費収入: 食品廃棄物や家畜排泄物など、処理に費用がかかるバイオマス資源を、処理を引き受ける形で受け入れることで得られる収入です。
複数の収益源を組み合わせる、いわゆる「カスケード利用」や「複合利用」を行うことで、事業全体の収益性を高めることが可能です。例えば、バイオガスプラントで発電(売電収入)しつつ、排熱で近くの施設を暖め(熱販売収入)、さらに消化液を液肥として販売する、といった形です。
事業収支と採算性評価の基本的な考え方
バイオエネルギー事業の経済性・採算性は、これらの「コスト」と「収益」のバランスによって評価されます。
単年度収支
特定の1年間の収入から支出(運転維持費など)を差し引いたものです。これがプラスであれば、その年は利益が出ていますが、初期投資の回収状況は考慮されていません。
単年度収支 = 年間収益合計 - 年間運転維持費合計
事業期間全体のキャッシュフロー
初期投資が発生する初年度から事業終了までの全期間における、収入と支出の現金の流れを追跡するものです。初年度は初期投資が大きくマイナスになりますが、運転開始後は単年度収支がプラスとなり、その累積によって初期投資を回収し、最終的な利益を評価します。
図解のヒントとしては、縦軸に金額、横軸に年数を取り、初年度に大きく沈み込む累積キャッシュフローの線を、その後のプラスの単年度収支で徐々に上昇させ、初期投資額を回収する時点(ペイバック期間)や、事業終了時点での最終的な累積額を示すグラフなどが考えられます。
採算性評価指標
事業期間全体のキャッシュフローやコスト・収益を用いて、事業の採算性を客観的に評価するための指標がいくつかあります。
- ペイバック期間(回収期間): 初期投資額を、事業で得られる正味のキャッシュフロー(収入から運転維持費を差し引いたもの)の累積で何年で回収できるかを示す期間です。短ければ短いほど、投資リスクが低いと判断されることが多いです。
- 費用対効果(Cost-Effectiveness): 投資額や費用に対して、どれだけの効果(エネルギー生産量、CO2削減量など)が得られるかを示す指標です。特に、経済的な利益だけでなく、環境的な効果なども含めて評価する場合に用いられます。
- 正味現在価値(NPV: Net Present Value): 事業期間中に発生する将来のキャッシュフローを、現在の価値に割り引いて合計したものです。初期投資額を差し引いたNPVがプラスであれば、その事業は経済的に実行価値があると判断されます。
- 内部収益率(IRR: Internal Rate of Return): 事業のキャッシュフローの現在価値合計がゼロとなる割引率です。IRRが、事業に要求される最低限の収益率(ハードルレート)を上回っていれば、経済的に実行価値があると判断されます。
自治体としての事業評価では、経済的なペイバック期間やNPVだけでなく、地域活性化効果や環境負荷低減効果といった非経済的なメリットも総合的に考慮した費用対効果の視点が重要になります。
地域特性と政策・補助金の影響
バイオエネルギー事業の経済性・採算性は、地域の特性や外部環境に大きく左右されます。
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地域特性:
- バイオマス資源の賦存量と品質: 利用可能な資源が豊富で、収集・運搬が容易な地域は、燃料(原料)コストを抑えられます。資源の品質(水分含有量、不純物など)も変換効率や前処理コストに影響します。
- エネルギー需要: 熱や電力を安定的に消費してくれる需要家が近くにあるかどうかが、熱販売収入や電力の自家消費によるメリットに影響します。
- 既存インフラ: 電力系統への接続の容易さ、輸送インフラ(道路など)の整備状況などもコストに影響します。
- 地域住民の理解と協力: 事業に対する住民の理解や協力が得られるかどうかは、用地確保や運営のスムーズさに影響し、間接的にコストやリスクに関わります。
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政策・補助金:
- FIT/FIP制度: 再生可能エネルギーで発電した電力の買取価格を固定・優遇する制度は、売電収入を長期的に安定させ、事業採算性を大きく向上させる最も重要な要素の一つです。
- 国の補助金: バイオエネルギー施設導入や事業化可能性調査に対する国の補助金制度は、初期投資負担を軽減し、事業のリスクを下げる上で非常に有効です。
- 自治体独自の支援: 自治体によっては、独自の補助金制度や、施設立地に関する優遇措置などを設けている場合があり、これらも事業の経済性に寄与します。
- 関連法規制: 廃棄物処理法、建築基準法、農地法などの法規制への対応もコストに影響する場合があります。
これらの地域特性や政策・補助金の影響を、事業計画の初期段階で十分に検討し、採算性評価に織り込むことが成功の鍵となります。特に補助金については、申請時期や要件などを事前にしっかりと確認することが重要です。
まとめ
地域でのバイオエネルギー導入を持続可能な事業とするためには、技術的な側面だけでなく、経済性・採算性の基礎を理解し、事業計画に反映させることが不可欠です。
考慮すべき主な要素は以下の通りです。
- コスト: 施設建設や設備購入にかかる「初期投資」と、燃料(原料)費、人件費、修繕費などの「運転維持費」。
- 収益: 売電、熱販売、燃料販売、副産物販売、処理委託費など、多様な収入源の可能性。
- 採算性評価: ペイバック期間、NPV、IRRなどの指標を用いた事業全体の経済性評価。
- 外部要因: 地域特有の資源状況やエネルギー需要、国のFIT/FIP制度や補助金制度の影響。
これらの要素を体系的に整理し、具体的な数値目標を設定してシミュレーションを行うことが、実現性の高い事業計画策定につながります。事業計画策定の際には、これらの基礎知識を参考に、専門家のアドバイスも得ながら慎重に進めていくことが推奨されます。
本記事が、地域のバイオエネルギー導入を検討される皆様の基礎知識習得の一助となれば幸いです。