農林水産系バイオマスを活かす液体燃料化技術:バイオエタノールとBDFの基礎
はじめに:地域資源としての液体バイオ燃料
地球温暖化対策やエネルギー自給率向上への関心が高まる中、再生可能エネルギーへの注目が集まっています。中でも、農林水産業から排出される有機性廃棄物や、利用されなくなった耕作地で栽培されるエネルギー作物などを活用するバイオエネルギーは、地域の資源を有効活用し、循環型社会の構築に貢献できる可能性を秘めています。
バイオエネルギーには、電気や熱として直接利用する方法の他、気体燃料(バイオガス)や固体燃料(木質ペレットなど)、そして液体燃料に変換して利用する方法があります。本稿では、特に農林水産系バイオマスを原料とした液体燃料である「バイオエタノール」と「BDF(バイオディーゼル燃料)」に焦点を当て、その基本的な仕組みや特徴、地域での導入を考える上でのポイントについて解説します。
バイオエタノールとは
バイオエタノールは、植物由来の糖を発酵させることによって得られるアルコール燃料です。主に自動車燃料として利用されることが多く、ガソリンに混合して使用されます。
原料の種類
バイオエタノールの原料としては、大きく分けて以下の3種類があります。
- 糖質系バイオマス: サトウキビ、テンサイ、サトウモロコシなど、糖分を多く含む作物。
- デンプン質系バイオマス: トウモロコシ、イモ類、米、麦など、デンプンを多く含む作物。
- セルロース系バイオマス: 稲わら、麦わら、バガス(サトウキビの搾りかす)、廃材、製紙スラッジ、木質系廃棄物など、植物の細胞壁の主成分であるセルロースやヘミセルロースを多く含むもの。
基本的な製造プロセス
糖質系、デンプン質系、セルロース系で詳細なプロセスは異なりますが、基本的な流れは「糖化」→「発酵」→「蒸留」です。
概念図を作成すると、以下のような要素と流れが含まれるでしょう。 * 原料前処理: 原料を破砕、洗浄するなど、次の工程に適した形に調整します。 * 糖化: デンプン質やセルロース系の原料に含まれる多糖類を、微生物が利用できる単糖類(ブドウ糖など)に分解する工程です。酵素や酸などが用いられます。 * 発酵: 糖化によって得られた単糖類を、酵母などの微生物の働きによってエタノールと二酸化炭素に分解します。この工程でバイオエタノールの主成分が生成されます。 * 蒸留・脱水: 発酵液からエタノールを分離・濃縮し、燃料として利用できる高濃度(99.5%程度)の無水エタノールにします。
プロセスは、図示すると「原料前処理 → 糖化(デンプン・セルロース系の場合) → 発酵 → 蒸留・脱水 → 製品(バイオエタノール)」のような流れになります。
メリット・デメリット
メリット: * 既存のガソリン車やインフラの一部を利用できる場合がある。 * 耕作放棄地の活用や、食料生産と競合しないセルロース系原料の利用技術開発が進んでいる。 * 燃焼時にCO2を排出するが、原料となる植物が成長過程でCO2を吸収するため、カーボンニュートラルな燃料と見なされる(ライフサイクル全体での評価は重要)。
デメリット: * 食料生産と競合する作物(トウモロコシなど)が原料の場合、食料価格高騰につながる懸念がある。 * セルロース系バイオマスの糖化は技術的な難易度やコストが高い。 * 製造プロセスで多量のエネルギー(特に蒸留)や水を使用する場合がある。
導入事例
欧米やブラジルなどでは、トウモロコシやサトウキビを原料としたバイオエタノールの導入が進んでおり、ガソリンへの混合が一般的に行われています。日本国内でも、廃木材や稲わらなどのセルロース系バイオマスからの製造技術開発や実証が進められています。
BDF(バイオディーゼル燃料)とは
BDFは、植物油や廃食油などを原料として作られるディーゼルエンジン用の燃料です。軽油の代替燃料として、ディーゼル車や建設機械、農業機械などで利用が検討されています。
原料の種類
BDFの原料は、油脂分を含む様々なバイオマスです。
- 植物油: ナタネ油、パーム油、大豆油、ヒマワリ油など。エネルギー作物として栽培されるもの。
- 廃食油: 家庭や飲食店などから排出される使用済み食用油。
- 動物性油脂: 畜産の過程で出る脂肪分など。
- 藻類: 微細藻類が産生する油脂分。
特に廃食油は、リサイクルの観点から地域での活用が期待されています。
基本的な製造プロセス
BDFの製造は、主に「エステル交換反応」という化学反応によって行われます。
概念図を作成すると、以下のような要素と流れが含まれるでしょう。 * 原料前処理: 原料となる油脂に含まれる水分や不純物を取り除きます。廃食油の場合はろ過なども行います。 * エステル交換反応: 加熱した油脂に、メタノール(またはエタノール)と触媒(水酸化ナトリウムや水酸化カリウムなど)を加えて反応させます。これにより、油脂が脂肪酸メチルエステル(BDFの主成分)とグリセリンに分解されます。 * 分離・精製: 生成された脂肪酸メチルエステルとグリセリンを分離し、脂肪酸メチルエステルを洗浄、脱水するなどして燃料としての品質基準を満たすように精製します。
プロセスは、図示すると「原料油脂前処理 → メタノール・触媒混合 → 反応槽 → 分離 → 精製 → 製品(BDF)」のような流れになります。
メリット・デメリット
メリット: * 廃食油など、使用済み資源を有効活用できる。 * 既存のディーゼルエンジンやインフラの一部を利用できる場合がある。 * 硫黄分を含まないため、排気ガス中の硫黄酸化物を削減できる。 * バイオエタノールと同様にカーボンニュートラルな燃料と見なされる。
デメリット: * 原料によっては、燃料としての品質(特に流動性や酸化安定性)にばらつきが生じやすい。 * 寒冷地では、燃料が固まりやすい(流動点が高い)という課題がある。 * 製造時に発生するグリセリンの有効活用策が必要となる場合がある。 * 大規模な単一原料生産は、土地利用や環境への影響が懸念される場合がある。
導入事例
日本国内では、多くの自治体や事業者が廃食油を回収し、BDFを製造して公用車や清掃車、バスなどの燃料として利用する取り組みを行っています。これにより、廃棄物処理コストの削減や地域内での資源循環を実現しています。
地域における液体バイオ燃料導入の視点
自治体が地域で液体バイオ燃料の導入を検討する際には、以下の点を考慮することが重要です。
- 地域資源の賦存量と種類: どのような農林水産系バイオマスがどの程度発生しているか、安定的に確保できるかを確認します。食品系廃棄物が多い地域、林業が盛んな地域、耕作放棄地が多い地域など、地域特性に応じて適した原料や技術が異なります。
- 技術選択: 原料の種類や量、利用目的(自動車燃料、農業機械燃料、定置用ディーゼル発電機など)に応じて、最適なバイオエタノール化技術やBDF化技術を選択します。小規模・分散型の製造システムも開発されており、地域の実情に合わせた導入が可能です。
- コストと採算性: 製造コスト、物流コスト、燃料としての販売価格や利用メリットなどを総合的に評価します。初期投資だけでなく、運用コストや維持管理についても検討が必要です。
- 関連法規と品質基準: 燃料としての品質規格(JIS規格など)や関連する法律・規制(揮発油等の品質の確保等に関する法律など)への適合を確認する必要があります。
- 関係機関との連携: 農林漁業者、食品関連事業者、住民、研究機関、関連事業者など、様々な関係者との連携が不可欠です。
国や自治体では、再生可能エネルギー設備の導入に対する補助金制度や、バイオマス活用の促進に関する政策が用意されている場合があります。これらの情報を収集し、活用することも導入検討を進める上で重要な要素となります。
まとめ:液体バイオ燃料技術の地域貢献と可能性
農林水産系バイオマスを原料とするバイオエタノールやBDFといった液体バイオ燃料は、地域資源の有効活用、エネルギーの地産地消、そして脱炭素社会の実現に向けた有効な手段の一つです。
それぞれの技術には特徴やメリット・デメリットがあり、地域が有するバイオマスの種類や量、利用ニーズに応じて最適な技術を選択する必要があります。導入にあたっては、技術的な側面だけでなく、コスト、法規制、そして地域内の様々な関係者との連携といった視点も重要です。
今後も、より効率的で低コストな製造技術の開発や、多様な原料への対応、そして燃料としての品質向上に向けた取り組みが進められることで、地域における液体バイオ燃料の導入可能性はさらに広がっていくと考えられます。本稿が、地域のエネルギー計画策定の一助となれば幸いです。