地域におけるバイオマス熱利用の基礎知識:種類、メリット、導入事例
はじめに
近年、再生可能エネルギーの導入は、地球温暖化対策やエネルギーの安定供給、地域経済の活性化といった多様な側面から、ますます重要視されています。特に地域が主体となったエネルギー導入においては、その地域に存在する資源を最大限に活用することが有効であり、バイオマスエネルギーはその有力な選択肢の一つです。
バイオマスエネルギーには、発電利用と熱利用がありますが、地域における小規模・分散型のシステムとしては、熱利用が導入しやすい側面があります。この記事では、地方自治体の環境政策担当者の皆様が、地域のエネルギー計画においてバイオマス熱利用を検討する際の基礎知識として、その基本的な仕組み、主な技術の種類、導入のメリット・デメリット、そして具体的な導入事例について解説します。
バイオマス熱利用の基本的な仕組み
バイオマスとは、動植物由来の有機物で、エネルギー源として利用可能なものの総称です。木材、農産物、畜産物、食品廃棄物、下水汚泥などがこれに含まれます。
バイオマス熱利用とは、これらのバイオマス資源を燃焼させたり、微生物の働きで分解(発酵)させたりすることで発生する熱エネルギーを、直接暖房、給湯、乾燥、プロセス熱などとして利用することですいます。最も一般的なのは、バイオマスを燃焼させる方式です。専用のボイラー内でバイオマスを燃やし、発生した熱で水や空気を温め、それをパイプなどを通じて熱が必要な場所へ供給します。
電気を起こすバイオマス発電と比較すると、熱利用はエネルギー変換のプロセスが比較的シンプルであり、エネルギーロスが少ないため、効率よくエネルギーを活用できるという特長があります。特に、熱需要が既にある施設や地域においては、導入効果が見込みやすい技術です。
バイオマス熱利用の基本的な仕組みは、図示すると「バイオマス資源の収集・運搬 → 前処理(必要に応じて) → ボイラーへ投入 → 燃焼による熱発生 → 熱媒(温水や温風)を介した熱供給 → 熱利用施設」のような流れになります。
主なバイオマス熱利用技術の種類
地域で導入されることの多いバイオマス熱利用技術には、主に以下の種類があります。
木質バイオマスボイラー
地域の森林から得られる間伐材、林地残材、製材工場から出る端材や樹皮などを燃料として利用する技術です。燃料の形状によって、主に以下の種類があります。
- 薪ボイラー: 丸太を一定の長さに切った「薪」を燃料とします。比較的小規模なシステムや、手作業での燃料投入に適しています。
- 木質チップボイラー: 木材を細かく破砕した「木質チップ」を燃料とします。中~大規模施設や、地域の熱供給システムなどに導入されることが多く、燃料の自動供給システムと組み合わせて運用されます。安定的なチップ燃料の供給体制構築が重要になります。
- 木質ペレットボイラー: おがくずや樹皮などを圧縮・成形した「木質ペレット」を燃料とします。ペレットは形状が均一で扱いやすく、品質管理もしやすいため、家庭用から中規模施設まで幅広く普及しています。自動燃料供給や自動着火が可能な機種が多く、運用が比較的容易です。
これらの木質バイオマスボイラーで得られた熱は、公共施設、病院、福祉施設、温浴施設などの暖房や給湯、農業用ハウスの加温、木材乾燥、地域の複数施設への熱供給(地域熱供給)などに利用されます。
バイオガスからの熱利用
家畜排泄物、食品廃棄物、下水汚泥、特定の農業残渣などを、酸素がない状態で微生物に分解させる「メタン発酵」によって発生する「バイオガス」を燃料として利用する技術です。バイオガスはメタンが主成分の可燃性ガスであり、これをガスボイラーで燃焼させることで熱エネルギーを得ることができます。
バイオガス化施設に併設して導入されることが多く、発生した熱はメタン発酵槽の加温(微生物が活動しやすい温度を保つため)や、プラント内の暖房、近隣の施設への熱供給などに利用されます。また、バイオガスを燃料とする発電機(コジェネレーションシステム)を導入している場合は、発電時に発生する排熱を同時に利用することで、エネルギーの総合利用効率を大幅に高めることができます。
その他のバイオマスからの熱利用
上記の他、食品廃棄物や農業残渣などを直接燃焼させて熱を得る技術もあります。これらの資源は水分含有量や成分が多様であるため、安定した燃焼のためには適切な前処理や、資源の特性に合わせた専用のボイラーが必要となる場合があります。地域に存在する多様なバイオマス資源の特性を考慮し、最適な技術を選定することが重要です。
地域でバイオマス熱利用を導入するメリット・デメリット
地域におけるバイオマス熱利用の導入は、多くのメリットをもたらす可能性がある一方で、考慮すべきデメリットも存在します。
メリット
- 地域資源の有効活用と循環型社会の形成: 未利用または廃棄されていた地域のバイオマス資源をエネルギーとして活用することで、資源の無駄をなくし、地域内での資源循環を促進できます。
- エネルギーの地産地消と地域経済循環: 地域内で生産されたバイオマス燃料を地域内で消費することで、エネルギーの自給率向上に貢献し、これまで化石燃料の購入に費やされていた費用を地域内に留め、林業、農業、畜産業、燃料供給業など関連産業の活性化や新たな雇用の創出につながる可能性があります。
- 温室効果ガス排出量削減: バイオマス燃焼によって発生する二酸化炭素(CO2)は、そのバイオマス資源が成長過程で光合成により大気中から吸収したものです。持続可能な方法で利用される限り、全体として大気中のCO2濃度を増加させない「カーボンニュートラル」なエネルギーとみなされ、化石燃料の代替として利用することで温室効果ガス排出量の削減に貢献します。
- 廃棄物処理コストの削減: 家畜排泄物や食品廃棄物など、適切に処理が課題となっていたバイオマス資源をエネルギー化することで、その処理にかかるコストや環境負荷を低減できる場合があります。
デメリット
- 燃料の収集・運搬・前処理のコストと手間: バイオマス資源は地域に分散して存在する場合が多く、エネルギー利用に適した形にするための収集、運搬、乾燥や破砕などの前処理にコストや労力がかかることがあります。
- 燃料の安定供給体制構築の課題: 年間を通じて必要な量のバイオマス燃料を、適切な品質で安定的に供給できる体制を地域内に構築することが重要です。資源の賦存量、収集・運搬・供給を行う事業者の育成・確保、価格変動への対応などを考慮する必要があります。
- 初期投資コスト: バイオマスボイラーや燃料供給設備、貯蔵施設などの導入には、化石燃料設備と比較して初期投資額が高くなる場合があります。
- メンテナンスの手間: 燃料の種類によっては、燃焼後の灰の処理やボイラー内部の清掃など、化石燃料ボイラーに比べてメンテナンスに手間がかかる場合があります。
- 排出ガス対策: 燃焼方式や燃料の種類によっては、煤塵や窒素酸化物(NOx)などの排出ガスが発生するため、法令や条例に基づく適切な排出ガス対策が必要となります。
- 地域住民の理解と合意形成: 燃料運搬車両の通行増加、施設からの排煙や臭いなど、地域住民の生活環境に影響を与える可能性も考慮し、丁寧な説明と合意形成のプロセスを経ることが不可欠です。
地域におけるバイオマス熱利用の導入事例
地域特性や資源の種類に応じて、様々なバイオマス熱利用の導入が進められています。いくつか具体的な事例の類型をご紹介します。
- 公共施設への導入: 自治体庁舎、学校、公民館、温浴施設、プール、病院など、比較的熱需要が安定している公共施設への木質バイオマスボイラー導入は、燃料費削減や環境配慮のアピール、地域資源活用のモデルケースとして広く行われています。地域の森林組合やチップ・ペレット製造事業者と連携し、燃料の地産地消を実現している事例が多く見られます。
- 農業施設への導入: 農業用ハウスの加温や農産物の乾燥に、地域の農地や森林から発生する木質バイオマス(チップなど)や、畜産での家畜排泄物から発生するバイオガスからの熱を利用する事例があります。エネルギーコスト削減に加え、農業副産物の有効活用につながります。
- 地域の熱供給システム: 特定のエリア(商業施設、住宅地、複数の公共施設など)に集中的に熱を供給するシステム(地域熱供給)の熱源として、木質バイオマスボイラーが導入される事例が増えています。これにより、各施設で個別にボイラーを設置・管理する手間が省け、エネルギーの効率的な利用が可能となります。
- 温泉施設や宿泊施設への導入: 温泉施設や旅館など、大量の給湯・暖房需要がある施設で、木質チップボイラーなどが導入されています。地域の木材を活用することで、燃料費の削減や地域の魅力向上につなげている事例があります。
これらの事例から示唆されるように、導入成功の鍵は、地域のバイオマス資源の量と種類、熱需要の特性、そして燃料供給体制をどのように構築するかにあります。
導入に向けたポイントと関連施策の概要
地域でバイオマス熱利用を検討する際には、以下の点を重点的に調査・検討することが推奨されます。
- 地域バイオマス資源ポテンシャルの調査: どのような種類のバイオマス資源(森林残材、未利用材、農業残渣、家畜排泄物、食品廃棄物など)が、どの程度の量、安定的に確保できるかを詳細に調査します。資源の発生場所、性状、収集・運搬の実現可能性などを把握します。概念図で示すなら、「地域資源の発生源マップ」のようなイメージです。
- 熱需要の把握とマッチング: どの施設で、年間を通じてどの程度の温度、量の熱が必要とされているかを把握します。季節ごとの変動やピーク時の需要量なども含めて詳細に調査し、供給可能な熱量と需要を結びつけられるか検討します。
- 用途・規模に適した技術選定: 把握した資源と需要に基づき、使用するバイオマス資源の種類、必要な熱量、施設の規模などを考慮して、最適なボイラーの種類やシステム構成を選定します。専門家や導入実績のある事業者への相談が有効です。
- 燃料供給体制の構築: バイオマス燃料を安定的に、適切な価格で供給できる体制を地域内に構築できるかが、事業継続の鍵となります。森林組合、農協、運送業者、チップ・ペレット製造事業者など、地域内の関係者との連携が不可欠です。プロセスを示すなら、「資源発生地 → 収集 → 運搬 → (必要に応じて前処理・加工) → 燃料貯蔵・供給 → ボイラー」のようなフローになります。
- 運用・メンテナンス体制の確保: ボイラーの運転管理、燃料の補充、灰の処理、定期的なメンテナンスなど、運用を継続するための体制やコストも計画段階で十分に検討しておく必要があります。
バイオマスエネルギーの導入促進のため、国(環境省、農林水産省、経済産業省など)や各自治体では、様々な補助金や融資制度、導入に関するコンサルティング支援などが提供されています。これらの支援策に関する情報を収集し、自地域の計画に活用できるか検討することも、導入プロセスにおいては非常に重要です。具体的な施策については、関係省庁のウェブサイトや自治体の担当部署にご確認ください。
おわりに
地域におけるバイオマス熱利用は、地域の未利用資源を有効活用し、エネルギーの地産地消と地域経済循環を促進しながら、温室効果ガス排出量削減にも貢献できる有望な再生可能エネルギー技術です。技術の種類は多様であり、それぞれの地域の資源や熱需要、経済・社会状況に応じた最適な導入計画を策定することが重要です。
この記事が、地域のエネルギー計画に携わる皆様にとって、バイオマス熱利用技術の基礎的な理解を深め、地域への導入可能性を検討する上での参考となれば幸いです。今後も、バイオマス資源の多様化や、より高効率・低コストな熱利用技術の開発が進展していくことが期待されています。